上方が泣いた日。「巨星」人間国宝の落語家・桂米朝の葬儀。

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今月19日に肺炎で亡くなった人間国宝の落語家・桂米朝(かつら・べいちょう、本名・中川清=なかがわ・きよし)さん(享年89)の葬場祭(葬儀)が3月25日に、大阪・吹田市の千里会館で神式により営まれ、1500人以上が参列した。

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11:00から始まる予定だったが、既に1時間以上前から付近はマスコミ関係者や近隣住民で溢れかえっていた。

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前日の通夜では人間国宝の2人、歌舞伎俳優の坂田藤十郎(83)と文楽太夫の竹本住大夫さん(90)があいさつしたそうであるが、報道によると、今日は上方落語協会会長の桂文枝(71)、落語協会会長の柳亭市馬(53)、俳優の近藤正臣(73)らが弔辞を読んだそうである。

米朝さんは2009年に文化勲章を受章していることもあり、天皇陛下からの弔意も伝えられたとのこと。

桂文枝さんは「人間国宝、文化勲章は上方落語家の誇り。師匠は、戦後風前のともしびだった落語を残してくださいました。その血のにじむような努力を無駄にしないように、師匠の遺志をこれから先もずっと受け継いでいく所存です」と上方落語を守り抜く決意を表明したそうである。

ほかには兵庫県の井戸敏三知事(69)、元タレントの上岡龍太郎さん(73)、落語家の春風亭小朝(60)、タレントの西川きよし(68)、松尾貴史(54)らが参列した。

皆が、米朝さんの残した功績を称えていた。

人の生涯の価値は死後の評価に表れると思うが、本日の葬儀の様子を見る限り、まさに米朝さんは立派な落語家。立派な人徳者。立派な人間だったのだろう。

「巨星が逝った……」と、これで上方落語が衰退するのではなく、「次は俺らが担い、育てていく!!」という思いで益々発展していくことを心から望みます。

tenyori

情報番組「ten。」より

 

米朝

桂米朝さん

 <桂米朝さんのプロフィール>

3代目桂 米朝(かつら べいちょう)

1925年(大正14年)11月6日生まれ
2015年(平成27年)3月19日死去(89歳)

旧関東州(満州)大連市生まれ
兵庫県姫路市出身の上方噺家(上方の落語家)

本名、中川 清(なかがわ きよし)

出囃子は『都囃子』
俳号は「八十八」

21歳のとき、四代目の桂米團治に弟子入りし上演されなくなっていた古典落語の演目を復活させ、端正な語り口で演じるなど上方落語の復興に力を注ぎました。
現代の落語界を代表する落語家の一人で、第二次世界大戦後滅びかけていた上方落語の継承、復興への功績から「上方落語中興の祖」と言われています。
1996年(平成8年)に落語界から2人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章受章者となる。
1979年(昭和54年)に帝塚山学院大学の非常勤講師。米朝事務所所属。尼崎市に住んだ。
(Wikipedia参照)

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