何故か取り壊しの許可が出ない料理店の怪

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今、名古屋でちょっと話題になっているのが「鳥久」の取り壊しの是非である。

愛知県名古屋市中村区堀川沿いにあるかしわ料理店「鳥久」が2014年3月に閉店した。その後、「鳥久」の所有者が建屋を取り壊しマンションを建てるため、名古屋市へ取り壊しのため重機による道路や河川の占有許可を申請した。

ところが、名古屋市長である河村市長は、申請の可否を採決せず保留にしている。その理由は、「建物を残したい」との理由であった。

所有者は建物保存の意志はなく、市長との話し合いにも応じる気がないという。
河村市長の主張するように「鳥久」の建物に歴史的価値はあるのだろうか??

 

「鳥久」(2014年11月13日現在)

「鳥久」(2014年11月13日現在)
(「鳥久」建物表)

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(「鳥久」建物裏)

「鳥久」の歴史
元は名料理亭「得月楼」としての建物であり、現在の建物は明治初期に建造された。創業は文政11年(1828年)であり、屋号は「頼山陽」が店を訪れた際に詠んだ歌に由来する。昭和19年まで営業し、多くの文化人のサロンとして利用されていた。

戦後は、かしわ料理専門店となり営業を開始する。歴史から観点から見れば、建物には確かに価値があると考えられる。ただし、木造建築で地下1階・地上2階の建物の耐震強度や災害時の倒壊危機などを考えるとどうだろうか?町の景観としての価値はあるのか??

探偵が「鳥久」の周辺の取材をした感想は、「あぁ、ここね。」である。
なぜなら、「鳥久」の南側はラブホテルが複数あり、調査員は何度も長時間の張込みを行っているのだ。また、「鳥久」北側は、風俗店が複数店営業を行っている。

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(「鳥久」南側)

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(「鳥久」北側)

周囲の景観は歴史情緒ある風景とは程遠く、歴史的建造物として残すには疑問が残る。市民としても河村市長の主張は納得がしがたく、「鳥久」所有者が苛立ちを感じているのは理解できる。歴史的建造物の保存は大事なことであるが、周囲の変化に対応することも大切であると思う。

 

11月18日より重機なしでの取り壊しの作業開始する予定である為、今後も継続して調査を進めて行く。

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コメント

  1. a より:

    ケチのついたマンションに誰が入る。

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