横尾忠則が明かす、戦時中の学校教育!現代なら「人権侵害」と非難は必至?

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画家の横尾忠則氏が、戦時中に受けたという学校教育について語っている。横尾氏は現在、自身の人生を振り返る連載「この道」を東京新聞の夕刊で連載中だ。連載の第7回(2016年7月11日)と第8回(7月12日)では、幼少期の体験を綴っている。その中で、国民学校時代の出来事が紹介されている。

「僕は立派な軍国少年であった」という横尾氏。「軍歌が大好きで、幼稚園時代も、国民学校一年生の頃まで用便の後始末ができず、便所の中で『守るも攻めるも黒鉄の』と軍歌を歌うと、それを合図に母が新聞の切れ端を手でもみながら駆けつけてくれて、僕のお尻を拭いてくれた」。

 

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二年生の時、「授業中に窓から身体を乗り出して上空を飛ぶ飛行機を見た」という理由で、友人と共に担任の教諭に怒られたという。「『授業中に飛行機を見た』と書いた小黒板を首からぶら下げられて、一年から六年までの全教室を回らされる羽目になり、その日は階段の下の電灯もない暗い運動具庫に閉じ込められ鍵を掛けられた」。

 

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「二人で大声で泣いたために通りかかった別の先生によって、救いだされた」という。この時、横尾氏は級長だったが、上記の件で級長の資格を奪われたそうだ。「父がこの先生に詫び状を送ったが、教養のない父は『先生様』と書いたために、職員室に父に代わって僕が呼び出されて、『様はいらない!』とこっぴどく叱られた」。

 

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一昔前まで漫画やアニメで頻繁にあったはずの、水の入ったバケツを持って廊下に立たせるという描写が見られなくなったと話題になることがある。近年は、体罰や教育指導に対する世の中の見方も、以前とは変わってきている。もし横尾氏が体験したような指導が現代社会で発覚したら、「人権侵害」という非難が殺到することは必至だろう。

第5回(7月8日)では、両親について次のように述べている。「父はいつも、外出時には戦闘帽や鳥打ち帽のような帽子をかぶっていた印象がある。四十代ですでにハゲていたそうだ。ハゲといえば、母の頭頂部もハゲていた。昔の女性は結婚をすると丸髷に結わえたものだから、陽に当てることがないので、蒸してハゲるのだろう」。

 

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教育に限らず、人々の日常生活そのものが現代とは大きく異なることが、このような描写から伝わってくる。ちなみに、横尾氏の自伝は、必ずしも時系列に従っていない。「記憶というものは、パッパッパッと映像的にしか浮かばず」、「まるで僕のコラージュ作品のように」様々な時代の出来事を、これから語っていくという。

 

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ガルエージェンシー特捜班@ニュースウォッチ

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