【神戸の誇り!】すべてのラガーマンが受け継ぐ”ミスターラグビー”平尾誠二氏の遺産とは

Screenshot_2016-12-26-14-15-00
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

今月21日、神戸市はスポーツを通じた街づくりに貢献したとして、10月に53歳の若さで死去した神戸製鋼ラグビー部ゼネラルマネージャーの平尾誠二さんに、市政功労者特別表彰を行うと発表しました。

 

神戸市市政功労者特別表彰は、各界の指導的立場にて長年にわたり市政の発展、市民福祉の向上に顕著な功績を残された方に贈呈しているもので、平尾さんが10人目の受賞者になります。


長年ラグビーで多くの人々に夢と感動を与えるとともに、スポーツを通じた地域社会の発展や社会教育の推進に取り組むなど、神戸市のスポーツ振興、スポーツを活かしたまちづくりへの貢献が評価されての受賞になりました。

 

今回は、神戸に所縁のある平尾誠二さんがどんな方だったのかをご紹介致します。

 

 

彼が最初に注目されたのは伏見工業高校時代でした。
伏見工業高校といえば、不良達がラグビーに出会い、無名の弱小チームが一丸となって全国制覇を目指すという、80年代に大ヒットしたドラマ「スクールウォーズ」のモデルになった高校ですが、まさにそのドラマのモデルになったメンバーの中に平尾誠二さんもいたのです。

e13a3722dcb098dac7446d9fdcb2051e

Screenshot_2016-12-26-16-00-16

(高校時代の平尾誠二さん)

 


伏見工業高校のエースとして一躍注目された平尾さんは、同志社大学に進学し、史上初の全国大学選手権3連覇に貢献。さらに1982年には史上最年少(19歳4ヶ月)で日本代表にも選出されています。

hiraogenekijidai

(日本代表時代)

 


大学卒業後は神戸製鋼に入社し、ここでも日本選手権7連覇を達成。

平尾さんは、どこに行っても勝ち続けるラグビー人生を貫きました

 


1991年の三洋電機との日本選手権決勝、試合終盤まで神戸製鋼は劣勢に立たされ常にリードを許す展開に。
残り時間も僅かとなり、神戸製鋼は最後のエンジンを組むことに。
皆が苦しい表情を見せる中、平尾さんだけは満面の笑みで輪に加わり、「おもろなってきたな。俺らどうせ勝つから、これぐらいの方がドラマチックやろ。」と一言。
その試合、実際に神戸製鋼は逆転で見事に優勝しました。

他の選手が全員諦めても、最後まで「勝つ気持ち」を持ち続ける、平尾誠二の代名詞とも言える試合の一つです。

Screenshot_2016-12-26-13-31-23

(逆転勝利に喜ぶ神戸製鋼チーム)

 

 

2000年には、スポーツで社会貢献を後押しするNPO法人「スポーツ・コミュニティ・アンド・インテリジェンス機構(SCIX)」を設立し、スポーツ教室の開催や講演活動にも力を入れていました。

6[1]

 

 

「ミスターラグビー」と呼ばれた平尾さんの魂は代々日本のラグビー界に継承され、昨年のワールドカップの南アフリカ戦はまさにその「勝つ気持ち」が実を結んだ結果になりました。

img_a67c4eedbcfc1d3afa3e8e5bc343973c154355


平尾誠二さんは亡くなってしまいましたが、今日も日本のすべてのラガーマンは「ミスターラグビー」の魂を受け継いでいるのです。


執筆者 探偵s.k


ガルエージェンシー神戸三宮

この記事が気に入ったら いいね!しよう

探偵Watchの最新記事をお届けします

総合探偵社 ガルエージェンシー神戸三宮(0120-3038-15)

代表の私が、あなたの悩みに寄り添い、必ずご依頼主様の味方になります!

関連記事

Message

メールアドレスが公開されることはありません。