【死者107名、負傷者562名】JR史上最悪の「福知山脱線事故」はなぜ起こったのか?現在の事故現場の姿とは?

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2005年4月25日、事故直前…

 

 

通勤通学で混み合う朝のJR。乗客の乗り降りに時間がかかってしまうこともある中、運転士には秒単位の時刻管理が徹底されていました。

その日、運転士(当時23歳)はそんな朝のラッシュ時に伊丹駅で、70メートルのオーバーラン(正しい停車位置を越える運転ミス)を犯していました。


これにより、約1分30秒ほどのダイヤの遅れが発生しました。

 

 


「今度ミスをしたら運転士を辞めさせられるかもしれない。」

運転士は事故前、友人にそう語っていたそうです。

 

 


焦った運転士は電車のスピードを速めました。

窓が細かくガタガタと揺れ、いつも同車両に乗り合わせる乗客からはあちこちで「速ないですか?」等の声が上がっていました。

 

 

一方、運転士は車内電話で車掌に対して、「まけてくれへんか?」という連絡をとっていました。これを車掌は承諾し、指令所には8メートルのオーバーランという報告を行っています。


当時のJRでは、ミスを犯した社員に対して、「日勤教育」という懲罰的な制度を設けていました。

ホームの先端に立たせて見せしめにしたり、個室に軟禁状態にして罵声を浴びせ続けて自殺に追い込む事例もありました。


当該運転士も、過去に3回の日勤教育を受けており、事故直前の運転中は上司にどう言い訳をするかで頭がいっぱいだったのではないかと、同僚の運転士たちは後に語っています。

 

 

 

そして9時18分、

 

 


制限時速が70キロに設定されている事故現場のカーブに、約116キロで進入。電車はカーブを曲がりきれず、線路横に建つマンションの1階駐車場部分に1両目が突っこみ、大きな衝撃と共に電車は停止しました。

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(事故直後の様子)

 

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(車両内の様子)

 

 

 

 


あの事故からまもなく12年が経ちます。

 

現在も事故現場では、当時の痕跡を垣間見ることができます。

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(追突の跡が残るマンション1階部分)

 

 

12年経つ現在でも、電車が事故現場のカーブに差し掛かる際、極端に減速して走行する様子がとても印象的でした。

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JR西日本は電車が激突したマンションを買い取り、2016年7月より、マンションの衝突跡が残る部分などを慰霊施設として保存する工事を開始しています。

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(現在建設中の慰霊施設)

 

 

 

遺族とJR側との間では、幾度となる裁判が繰り返されてきましたが、2012年には事故当時のJR西日本社長 山崎正夫氏に無罪判決が。
翌年にはその他JR西日本歴代3社長に対しても無罪判決が下されました。(指定弁護士は上告。)

事故の原因を作ったJRの社長がなぜ無罪なのでしょうか?
事故に遭われた方、遺族の方の気持ちを考えるといたたまれません。

 

執筆者 探偵s.k

 

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