「JASRACの強欲は許容の限界を超えた!」東京大学教授が激しく非難

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東京大学教授の吉見俊哉氏が、東京新聞への寄稿「音楽文化の基盤が揺れる」にて、日本音楽著作権協会(JASRAC)を激しく非難している。その記事が掲載されたのは、2017年9月21日・夕刊の「社会時評」欄だ。

冒頭には、これまでJASRACが起こしてきた各種の裁判の概要と経緯が記されている。記事の主題は、JASRACと全国の音楽教室の間での争いだ。音楽教室での生徒の演奏に関して、著作権料の徴収をJASRACは求めている。それに異議を唱えた全国の音楽教室が抗議し、裁判に発展した。吉見氏は、その論点を以下のように要約する。

「争点の第一は、受講生が練習する未完成の演奏まで『聞かせる』目的に相当するのかという点。第二は、教室の生徒たちが、果たして著作権法のいう不特定多数の『公衆』に相当するのかという点である」。吉見氏は言う、「他の生徒がそこにいるのは共に学ぶためで、この生徒の相互の関係は商品をやり取りする関係ではない」。

 

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「著作権は、そもそも著作物が商品として取引される場合に作者の権利を定める制度であり、これは自らの学びのためにある作品に取り組む行為とは根本的に異なる」。また、教室の生徒は「不特定多数の公衆」ではないと吉見氏は指摘。「JASRACの強欲は、すでに私たちの常識が許容できる限界を超えている」と非難した。

 

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この記事だけでは、JASRAC側の主張の全貌は理解しがたい。そこで、JASRACのホームページに掲載されている、第1回口頭弁論での意見陳述の要旨を見てみよう。JASRACが著作権管理を行う意義として、違法コピーなどの行為によって著作権が侵害されやすいこと、創作者個人での管理は容易ではないことなどが挙げられている。

 

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著作権使用料を正当に得られるシステムが整っていることは、創作者になることを志す人々へのインセンティブとしても機能すると、JASRACは考える。そのことが次世代の人材育成につながるとして、これを「創造のサイクル」と呼んでいる。このような仕組みにより、「新たな文化が生み出されるのです」。

以上の理由から、JASRACは音楽教室に対して次のように主張する。「営利事業によって年間721億円にも上る収入を得ているのですから、そのような事業の基本を支えている音楽作品の著作権使用料を、音楽教室事業者の皆様に負担していただくことが『公平』というものではないでしょうか」。

 

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音楽教室も自分たちも、「音楽文化の発展・向上に寄与・貢献する」という点で共通しているのではないかと、JASRACは述べる。一方、吉見氏は「この問題はそもそも文化を誰が創るのかという問いも提起している」と言う。創作者の権利保護は重要であるとしても、「文化はコミュニケーションの一部」であるというのだ。

「文化を創造する共同的な関係が存在する」と吉見氏は論じる。「教育の場は、そうした創造の基盤であり、JASRACの容赦なき徴収はそうした創造性の基盤を弱体化させ、長期的には日本の音楽文化にダメージを与える」。両者の主張を比較すると、「文化」についての理解が大きく異なるらしいことが分かる。

 

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本件に関しては、いろいろな意見があるだろう。だが、その前提として、JASRAC側と音楽教室側(及び吉見氏)、両者の主張と論点を正確に理解することが必要だ。なお、ここで紹介したのは、吉見氏の寄稿にて展開されている主張のうち、今回の裁判に言及している箇所のみである。

 

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