はれのひ騒動「成人式の晴れ着は格差社会の象徴!」看護師の問題提起に反響

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成人式に晴れ着を着て出席できない人々が相次いだ「はれのひ」の騒動について、看護師の宮子あずさ氏による東京新聞での問題提起が反響を呼んでいる。宮子氏は、同紙の「本音のコラム」欄を担当している一人だ。1月15日に、「晴れ着と格差」と題して執筆した。このタイトルに示されている通り、成人式と格差社会の関係について、持論を展開した。

 

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「今回、晴れ着が着られず参加しなかった被害者も多数出たと聞く。ならば、晴れ着にかけるお金がない人はどうなるのか。晴れ着が必須ならば、自治体主催の式典として不適切ではないか」。成人式に限らず、小学校の卒業式をはじめ、子ども関連のイベントに同様の傾向が見られると、苦言を呈した。

 

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宮子氏は幼少期、「プレゼントを買えない人もいるから」という理由で、友人を招く誕生日会を開くことや、そのような会に参加することを母親から禁じられていたという。「私は晴れ着とも成人式とも無縁に大人になった」。「今回の事件を機に、晴れ着中心の成人式こそ、見直されて欲しい」と結んでいる。

 

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この内容について、読者からの反響の投書が相次いで掲載された。19日には、59歳の主婦が「今から四十年前、私たちの町の成人式は、振り袖での出席は禁止。晴れ着を買えない家庭に配慮した規則だったようだ」と書いている。「晴れの日」に着物を着るという伝統は素晴らしいが、「レンタルで何十万円というのは、高過ぎます」と主張した。

「はれのひ」が短期間で急成長できたのも、高い料金設定があったからこそではないかと推測。そして、「着物を着たくても経済的な理由で着られない人もいることをおもいはかってほしい」と述べた。「おとなになることを祝う式は、格差社会の現実を知る機会でもある」と記して、宮子氏の主張への賛意を示している。

翌週22日、宮子氏は「見えない貧困」と題して執筆した。前週の内容について、「読者の方から共感の声をたくさんいただき感激している」という。本件に関して、格差社会という観点からの問題提起が少なかったのは、「社会の階層化」が原因なのではないかと、宮子氏は指摘する。

地域、学校、会社などには、「似たような暮らし向きの人が集まる傾向がある。そして、恣意的に選ぶ集団ほどこの傾向は強い」。その結果、「格差の広がりが叫ばれる一方、格差が実感できない人も多いだろう」という。「例えば、小学校から私学に入れば、まわりにいるのは一定の収入以上の家庭であろう」。

 

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宮子氏は、精神科の訪問看護の経験から、貧困問題を切実に感じたという。「おしなべて経済的には厳しい。晴れ着を調達する余裕がある家などないのではないだろうか」。宮子氏自身も、精神科に関わらなければ、実態は分からなかったという。「今回実感したのは、晴れ着を着られる人には、着られない人の存在が見えにくい、格差によって分断された社会」。

それゆえ、見えないことの自覚と、見えないものへの想像力が必要であると、宮子氏は結論する。同日には、65歳の主婦の投書も掲載された。晴れ着の購入やレンタルが難しい人が肩身の狭い思いをしないように、成人式でのスーツやドレスの着用を提案した。また、「晴れ着を安価でレンタルできるシステムを行政がつくることも一案」と述べている。

 

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宮子氏の主張への賛否はともかく、違和感を覚えたことは確かだ。それは、「はれのひ」が負うべき責任について、宮子氏が一切触れようとしていないということだ。結果として、「はれのひ」の責任という論点を曖昧にすることを助長するとしたら、問題だろう。このことは、宮子氏の主張に賛成する人も反対する人も、留意すべきだ。

もし宮子氏の主張に同意するとしても、それは「はれのひ」による契約違反や逃亡を容認する口実にはならないのは、言うまでもない。宮子氏の一連の発言が、氏自身の意図とは異なる効果をもたらし得ることに、注意が必要だ。宮子氏の主張を利用して、「はれのひ」騒動に関する論点のすり替えが行われるようなことは、許されてはならない。

 

 

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※モザイク加工は当サイトによるもの

 

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ガルエージェンシー特捜班@ニュースウォッチ

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コメント

  1. ジロウ より:

    じゃあ冠婚葬祭や普段着る服も格差なの?
    格差なんて言い出したらきりがない

  2. より:

    日本はなんでもみんな一緒が安心、という文化だから格差社会を少しでも疑うような事があると敏感に反応するように感じられる。

    私は高校時代をカナダの田舎の公立高校で過ごしたけど格差ありまくり、というか古着でボロボロの人もブランド物着てる人もそれぞれ自分に自信をもって自由にしてたのを見た。

    卒業パーティーだって古着だったり借り物だったり、新品とか、みんなそれぞれだけど基本的には人の装いを自分と比べてはいなかったように思える。

    装いの違いで劣等感を感じるのは繊細なこども時代だけで充分だと思う。
    大人になったらもう少し中身で勝負というか、芯をもってしっかりしてほしい。

    なので晴れ着を着る、着ないというのはたいした問題じゃないから規制する必要もないし、それより外見や装いを気にしすぎる悪習を植え込む教育システムを見直すべきかと思う。

  3. 匿名 より:

    じゃあ日本はアフリカの貧国の人と同じ格好すべきじゃないの
    世界は一つなんだから

  4. 月子 より:

    成人式に振袖を着るのは強制ではないでしょうに。
    自分には振袖は必要ないと判断したので洋服で成人式に出席しました
    振袖は着たい人が着ればいいのであって、格差の問題にすり替えるのはおかしい

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