イスラム国邦人誘拐事件で隠されている事実とは?後藤健二氏と湯川遥菜氏の正しい接点は?人質交換は?

後藤
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再三に渡って我々でも調査してきたイスラム国による誘拐事件だが、調べれば調べるほど世間の論調と違った、いわば報道されない「事実」のようなものが見えてきたような気がする。繋ぎ合わせると不可解さに気付くが、そういう報道がされていない、ということだ。順に列挙してみたい。


まず、湯川遥菜氏が書いていたブログをよくよくチェックしてみた。

すると昨年4月にシリア、同6月にイラク、同7月にシリアへ渡っている湯川遥菜氏だが、ブログで確認出来るだけでも、すべて後藤健二氏と接触があるのが分かる。

これだけ短期間に紛争地域に立て続けに行き、その全てで偶然出会う、などと考えるのは不自然で、これは素直に同行していた、と考えるべきだろう。つまり、湯川遥菜氏は昨年の紛争地域への渡航全てに後藤健二氏の同行があった、ということになる。頻繁に命を危険に晒す場所に一緒に行くというのは、相当に強い繋がりであったと推測でき、報道されている「面識がある」程度の仲ではない。


次に、湯川遥菜氏の渡航費用の問題だ。

事業の失敗、妻の死。生きることに絶望した。そんな言葉が湯川遥菜氏を語る際に出てくる。一転2014年は民間軍事会社を設立、文字通り命懸けでビジネスに取り組んだ。しかし、それまでの湯川遥菜氏の経歴を見る限りそれほど経済的にゆとりがあるようには見えない。
なぜこれだけ短期間で3度も渡航出来たのか?


最後に後藤健二氏の湯川遥菜氏救出の日程だ。

昨年10月22日に日本を出て、25日にはトルコからシリア国境を越えラッカに向かったという目撃情報がある。帰国予定は29日だった。29日に帰国するには28日にはイスタンブールを発たなければならない。とすると、25日にシリア入りし27日にはトルコへ戻る、という行程になる。

この2泊3日のスケジュールの組み方はどう考えても現地で湯川遥菜氏を捜索する、というものではないだろう。予め指定された場所に湯川遥菜氏を引き取りに行く。そんな予定だったのではないのだろうか?でないと、紛争地域で2泊3日で戻るというのは現実的ではないように思える。



3つを併せて考えると「湯川遥菜氏と後藤健二氏には強いつながりがあり」「裕福だったとは思えない湯川遥菜氏が4ヶ月で3度紛争地域に渡航できる金が工面でき」「後藤健二氏が昨年10月に渡航した際は、スムーズに湯川遥菜氏の身柄を確保し日本に戻れる算段だった可能性が高い」ということだ。

ここへきて、後藤健二氏の親族には昨年11月の段階で身代金10億の要求をするメールが届いていたことが分かった。ということは昨年10月に行動した後藤健二氏は何かしらの理由でついていた算段を反故にされ拘束された、と考えられる。イスラム国がなぜ、後藤健二氏を拘束したほうがよい、と判断したのか?

ここからは推論だが「湯川、後藤両氏は日本政府が身代金を払ってでも開放してもらいたい人物だと、イスラム国は判断した」のが後藤健二氏拘束の理由ではないか?そして湯川遥菜氏の後藤健二氏の繋がりの強さと湯川遥菜氏が再三紛争地域に渡航出来た理由は、両氏が政府から何かしらの命を受けていたのではないか?と推測できる。


もし、湯川遥菜氏が本当に殺害されているとすれば、イスラム国側から見てその替わりがいる、ということだろう。イスラム国の取材は金になるだろうが、軽はずみに向かうようなことはしないで欲しい。これ以上、同朋の悲しい姿は見たくないものだ。

 後藤健二氏直近

後藤氏、湯川氏、安部氏

報道ステーションの後藤氏

湯川遥菜氏

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